【古代文明】アトランティス大陸が実在した可能性のある場所と文明の歴史を解説

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「アトランティス大陸」という名前は、誰しも一度は聞いたことがあるのではないだろうか?

アトランティスとは、かつて大西洋にあったといわれている伝説の古代文明であり、ムー大陸、レムリア大陸などと並ぶ、幻の大陸として世界中で語り継がれている。

かつて大地震と津波の災害によって海の底へと沈んだと言われているアトランティス大陸だが、その存在を暗示するような考古学的発見や研究なども数多く行われてきたのだ。

今回はそんなアトランティス大陸・文明の概要や、今日まで伝わる伝説などを参考文献を基に解説したいと思う。

古代文明アトランティス大陸の実在性を発表したプラトン

アトランティス大陸・文明とは、古代ギリシャの哲学者プラトンの著者「クリティアス」と「ティマイオス」に書かれた超古代文明のことを指す。

画像:プラトン
ギリシャの哲学者・プラトン

正確には古代ギリシアの政治家「ソロン」という人物がエジプトに亡命した際に、「サイス」という町の神官から聞いた話をプラトンが後に文章として残し、現代へと伝えたといわれている。

つまり、アトランティス大陸の伝説は誰かが実際に観たのものではなく、人から人へと口頭で語り継がれいるものであり、その信憑性は限りなく怪しいともいえるだろう。

しかし、プラトンが存在した時代から2400年近く経つのにも関わらず、今なおアトランティスに関する研究や地質調査は行われており、実際にアトランティス大陸の存在を匂わせる場所なども発見さているのだ。

それらに関しては後々記事中で詳しく触れていくが、ひとまずアトランティス文明の成り立ちから滅亡までの歴史をご紹介したいと思う。

Point

  • アトランティス大陸の伝説がエジプトに伝わる
  • ギリシャの政治家ソロンがその伝承をエジプトの神官から聞く
  • その話がプラトンへと伝わり、後に本にまとめた

アトランティス文明の成り立ち

プラトンの話によると、アトランティス大陸が最後に栄えた時代は今から1万2000年前に遡るといわれている。

一説では、そこに住む人々は100万年以上の長い年月をかけ、アトランティス文明を築き上げたそうだ。

現実離れした話にはなるが、アトランティス文明はギリシャ神話に登場する「海神ポセイドン」により造られ、その最初の王となった人物は彼の息子「アトラス」だと語られている。

画像:ポセイドン
海神ポセイドン

また、ポセイドンの子孫である10人の王たちがアトランティス大陸内に自分らの領土を持っていたらしく、常に最年長の者が王の座に就いていた。

彼らは絶対的な権力者を持っていといわれており、現代でいうところの「独裁国家に近かい形」というとイメージしやすいかもしれない。

Point

  • アトランティス文明が栄えたのは今から12,000年前
  • 海神・ポセイドンにより造られた
  • その息子「アトラス」が最初の王となり、他にも10人の王がいた

アトランティス文明の様子

画像:アトランティス文明

プラトンの話では、アトランティス大陸は穀物や果実、家畜、森林資源、香料などを自国で産出できるほど豊かな国であり、また外国との物資を介した交流もあったという。

もちろん、その他の資源も豊富で、炎のような輝きをみせるオリハルコンなどの伝説上の金属なども採掘できたともいわれている。

アトランティス大陸はヨーロッパやリビア(アフリカ)、アジアよりも巨大な島だったと語られており、島内の王国周辺は環状体のような幾何学的造りとなっていた。

画像:アトランティス文明の構図
出典:古代文明 アトランティスの謎を解く

引用させていただいた図でも分かる通り、円形の陸地が三重に設けられており、その周りをこれまた三重の海水環状体によって囲まれている形となっているのだ。

ちなみに、この陸地環状体は石の塀に囲まれていたらしく、さらに外海に出る水路は一つしか存在しない。

そして町の周りは平野部となっており、南北の各方面で532km×355kmの広さに森林や村、牧草地などが広がっていたという。

Point

  • 大陸内の資源が豊富だった
  • ヨーロッパやアジアよりも巨大な大陸だった
  • 文明の中心部は幾何学的な造りだった

古代文明が誇る圧倒的軍事力

そんなロマンに満ち溢れたアトランティス文明だが、軍事力でも他国を圧倒する力を誇っていたと記されている。

例えば、プラトンの残した著書「クリティアス」では、アトランティスの軍事力について下記のように述べられている。

プラトンプラトン

「アトランティス文明内のとある領土には重戦車1万台、船1200隻が配備されていた」

そして、これは王都直属の軍隊だけの数字であるため、他の9つの領土を加えるとさらに膨大な数に昇ることが予想される。

これだけでもアトランティスの軍事力がどれほど凄まじかったのかがイメージできるだろう。

外国に対して猛威をふるったアトランティス文明

そして現代から12,000年前ごろ、アトランティス王国は東側に位置するリビアやヨーロッパに対して侵略を開始したとも語られているのだ。

それに応戦したのがアテナイ軍を筆頭に戦ったギリシャ側の大国だったらしく、結果的にはアトランティス王国を相手に善戦したといわれている。

Point

  • アトランティス文明(王国)は各地区ごとに凄まじい軍事力を持っていた
  • 他大陸の国々と争いを行っていた
  • アテナイ軍を筆頭とする大国との争いに苦戦していた

一夜にして滅亡した古代アトランティス文明

そんな大国と渡り合う軍事力を持ち、圧倒的な広さを誇るアトランティス大陸だが、突如として発生した大地震と津波に襲われてしまう。

さすがのアトランティスも自然災害には勝てず、長きに渡る文明はわずか一夜にして幕を下ろすことになったのだ。

神話的な話をすると、周辺の国々を制圧し、権力や欲にまみれた人々の姿に怒った神々の王・ゼウスがアトランティスを海の底へ沈めたとも伝えられている。

画像:アトランティス文明の滅亡

一説では、わずかに生き残った人々は船やイカダに乗り、この大災害の知らせを東方や西方の国々へもたらしたそうだ。

恐らくその伝説がエジプトの神官にも語り継がれ、冒頭でもお伝えしたギリシャの政治家「ソロン」によって、古代ギリシャの地にもこのアトランティスに関する伝説が伝えられたと推測される。

アトランティスの大災害=ノアの大洪水

このアトランティスを襲った大洪水は、現代の我々にも別の形で語り継がれている可能性があるのだ。

旧約聖書に記された「ノアの大洪水」、実はあの内容はこのアトランティスの大災害なのではないか?という説が存在するのだ。

画像:ノアの箱舟

ノアの大洪水とは、人間の悪行に怒った創造主(神)が地上の人間を滅ぼすために起こした災害のことで、それは約40日間も続いたといわれている。

しかし、唯一「ノア」と呼ばれる善人とその家族だけは救いを与えられ、彼らは予め用意した箱舟に多種多様な動物たちを乗せて難を逃れた。

大洪水の後、彼らは「アララト山」と呼ばれる場所に避難し、さらに神様は今後二度と人間を滅ぼさないとノアに誓ったといわれている。

これらの災害が実際に起きたことかどうかを断言することは難しいが、西洋古代史・西洋神話研究者の庄子大亮氏は歴史上記録が残っている大洪水について下記のように述べられている。

3,000年~4,000年前のメソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」には大洪水の記述が残っていて、また各地の地層から5,000年近く前に洪水が起こっていることが地質学的に確認されています。

西洋古代史・西洋神話研究者の庄子大亮氏

つまり、この実際に起こった何かしらの災害が「ノアの大洪水」として語り継がれ、それが「アトランティスの伝説」として形を変えた可能性も見えてくるのだ。

となれば、先ほどのイカダに乗って生き残った人々というのは、神話上で語られるノアの箱舟の生存者といったところだろうか。

Point

  • 欲にまみれた人々を神々の王・ゼウスが大陸ごと沈めたと伝えられている
  • 旧約聖書の「ノアの大洪水」はこの話を描いている説が存在する
  • 生き残った人々によってアトランティス伝説が語り継がれる
  • それがエジプトの神官→ギリシャの政治家・ソロン→プラトンへと語り継がれる

古代文明アトランティスはプラトンの捏造だった?

そして最も気になるポイントとして、「アトランティス大陸・文明は実在したのか?」という疑問が挙げられるが、この部分は現段階ではハッキリとした答えが出ていないのが現状だ。

ちなみに、プラトンが存在した古代ギリシャ以前には、アトランティスを書き記した文献が一つも発見されていないため、この話自体がプラトンの作り話、彼の理想国家を反映した創作だったと疑う人もいたようだ。

もちろん古代ギリシャ時代よりもさらに9000年近く前、日本でいえば縄文時代の初期ぐらいの話となるため、文献が残っていないのは当然ともいえる。

しかし、そんなプラトンの捏造説を覆すように、アトランティス文明の痕跡が世界各地で発見されているのだ。

次の章からはアトランティス大陸が実在したかもしれない場所について、実際の研究データを基に解説したいと思う。

Point

  • アトランティス大陸=プラトンの作り話説も挙げられている
  • アトランティスに関する文献はプラトンの時代以前には存在しない
  • アトランティス大陸の痕跡は世界中で発見されている

大西洋に存在したアトランティス大陸とヘラクレスの柱とは?

アトランティス伝説の出所がプラトンの著書によるものだということは再三説明してきたが、彼はもう一つ重要な記述を残している。

いわゆるアトランティス大陸が実在したとされる場所への言及である。

プラトンプラトン

「アトランティス大陸はヘラクレスの柱の向こうにあった」

このアトランティス大陸の存在を紐解くキーワードともなる「ヘラクレスの柱」とは、ジブラルタル海峡の入り口にある岬につけられた古代の地名だといわれており、イベリア半島南端にある ジブラルタルの岩がそれに該当するといわれている。

画像:ヘラクレスの柱
イベリア半島南端にあるジブラルタルの岩

そして、その外側には大西洋が位置しているため、アトランティスはやはり大西洋に存在したとの考えが現代まで信じられているのだ(他にも黒海の出口「ボスフォラス海峡」との説もある)。

ここからは大西洋に実在したかもしれない、アトランティスの存在を匂わせる数々痕跡と発見、具体的な場所などを解説していきたいと思う。

Point

  • アトランティス大陸は大西洋に存在したといわれている
  • ジブラルタル海峡の入り口にある岬がそれに該当するといわれている

アトランティス大陸の場所①・アゾレス諸島近海

画像:アゾレス諸島

1913年、フランスの地質学者・テルミエという人物がアトランティスの場所を示し話題を呼んだ。

彼は大西洋中央海嶺(かいれい)に位置するアゾレス諸島付近には、かつてアトランティス大陸が存在したのではないかと考えた。

アゾレス諸島とはポルトガル領の島々で、地質学者・テルミエはその海中で発見された溶岩に着目した。

彼によると、このアゾレス諸島領域の海の深さは2000~3000メートルもあるらしく、そこの溶岩は地上で冷えた時にできる構造になっており、またこのような深い海中で形成されることはあり得ないとのことだ。

さらにその溶岩は比較的保存状態も良好なため、これはかつて地上に顔を出していた溶岩が、何かしらの理由により海の底へ沈んだと推測することができる。

この事からも、この大西洋中央海嶺 、もしくはアゾレス諸島付近はかつてアトランティス大陸が存在した場所なのではないか?と当時の人々の間でも話題になったといわれている。

実際に行われた地質調査「FAMOUSプロジェクト」

そんなテルミエのアトランティス説から59年後の1971年にアメリカ、カナダ、フランス、ポルトガル、アイスランドが共同で行った地質調査「FAMOUSプロジェクト(英語名:Project FAMOUS)」がその大西洋中央海嶺にて実施された。

金子史郎氏の「アトランティス 失われた楽園伝説(1982)」によると、このプロジェクトではアゾレス諸島から南西72キロ地点にて、水深3,000メートルの海底大山脈を潜水艦を用いて調査したというものだ。

約4年にも及ぶ調査の結果、実際に高温マグマ(1250度)が海水に触れたことにより形成された玄武岩溶岩(げんぶがんようがん)が発見され、それに加え下記のような現象をカメラに抑えたといわれている。

  • 黒煙を上げながら噴出する熱水(大西洋中央海嶺の南)
  • 冷え固まった溶岩プールの化石(ガラパゴス諸島付近)

つまりこの場所は現在でも火山活動が行われており、また玄武岩溶岩の発見により、かつて地上に顔を出していた陸地が海の底に沈んだ可能性を物語っているのだ。

これにより、先ほど前述したテルミエのアゾレス諸島付近=アトランティス大陸説がより濃厚となったともいえるだろう。

そしてこの場所は、プラトンの言葉にも出てきた「アトランティスはヘラクレスの柱の向こうにあった」という話、すなわち現代で言う大西洋の中心に位置しているため、この場所が最も有力なアトランティス大陸の跡地とも言えそうだ。

Point

  • ヘラクレスの柱=大西洋に位置している
  • 2〜3000メートルの海底に溶岩がある
  • かつて地上にあった溶岩が沈んだ痕跡がある
  • 各国共同の地質調査により、大西洋の中心に溶岩が存在することが判明
  • 今も火山活動が続いている

アトランティス大陸の場所②・ガベス湾

アゾレス諸島にアトランティス大陸があったとされる説から14年後の1927年、「パウル・ボルチャート」という人物がアトランティスはチュニジア(北アフリカ)近郊のガベス湾近郊にあったとする説を提唱した。

画像:ガベス湾

竹内均氏の著書「古代文明アトランティスの謎を解く(1997)」によると、このガベス湾内にあったとされる島とアトランティス文明の間には多くの共通点があったといわれており、具体的には下記の内容が挙げられるのだとか。

  • アトランティス大陸の話にでてくる水路を連想させる地形(湾内の島とチュニジアの海岸を通り、地中海に繋がる水路)が存在した
  • 巨大地震の影響により湾内の島が海へ沈んだ
  • アトランティスを統治していた10人の王と似た名前を持つものが島内に存在した

このパウル・ボルチャートの話が本当かどうかは定かではないが、ここに伝わる伝承が形を変え、アトランティス大陸の伝説として語り継がれた可能性も考えられる。

アトランティス大陸の場所③ビミニロード

アトランティスを語る上では避けては通れない「ビミニロード」

1968年には大西洋ビミニ諸島の海底にて、石畳のような人工物らしき遺跡が1km以上に渡って発見されたのだ。

画像:ビミニロード

この石畳は後にビミニロードと呼ばれ、「ヘラクレスの柱の向こう」、すなわちジブラルタル海峡の外側に位置していることから、あのアトランティス大陸があった場所なのではないかと議論を巻き起こした。

そして少し現実離れした話になるが、このビミニロードが発見された1968年よりも前に、既にとある預言者によってその存在が語られていたのだ。

その人物こそ、世界三大預言者とも呼ばれるエドガー・ケイシーだ。

画像:エドガーケイシー

エドガー・ケイシーが預言したアトランティスの復活

エドガー・ケイシーはビミニロードとアトランティス大陸について、下記のように予言していた。

エドガー・ケイシーエドガー・ケイシー

「1968年から69年の間にビミニ島周辺でアトランティスが再び水中から姿を現す」

彼の語っていた通り、その予言がまさに当時のビミニロードの発見と重なったのだ。

また彼は過去や未来を覗く能力・リーディングを通して、アトランティス人の生活や文明の様子を透視することに成功したとも語っているが、真偽のほどは不明だ。

そんなエドガー・ケイシーの予言通りビミニ諸島付近にあらわれたビミニロードだが、専門家の間ではこの石畳は自然の力によって形成されたとの声も上がっており、ビミニロード=アトランティス大陸説は現在まで立証されていない。

Point

  • ビミニ諸島の海底にて石畳が発見される
  • 専門家の見解は自然現象による地理形成といわれている
  • 予言者・エドガーケイシーがアトランティスの出現を予知

アトランティス文明は別の場所に実在する?

後半でご紹介してきた通り、大西洋中央海嶺がアトランティス大陸の跡地としては最も可能性が高いといわれているが、 クレタ島、サントリン島などのエーゲ海の地域などの説も出ており、確実にここだと断言できる遺跡などは現在までに発見されていない。

そのことから「ヘラクレスの柱」とは大西洋ではなく、また別の場所のことなのではないか?という説も出ているのだ。

先ほども触れた通り、アトランティスの話自体が古代ギリシャのプラトンが作った架空の話だったとの説もあるため、実物が出てこない限りその存在を立証する方法はなさそうだ。

参考文献リスト

  • 竹内均 (1997/10/1). 『古代文明アトランティスの謎を解く』 ひらく(出版社)
  • 金子 史朗 (1982/11/1). 『アトランティス 失われた楽園伝説』 胡桃書房
  • 『Project FAMOUS』「Wikipedia」 (2020/10/21). https://en.wikipedia.org/wiki/Project_FAMOUS, (閲覧日:2021/8/10)